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【新入荷】『CULTIVATE BIBLE』 正義と微笑と60人のカルチベイト考

『CULTIVATE BIBLE』 正義と微笑と60人のカルチベイト考
ご購入はこちら→ https://artlabo.ocnk.net/product/9835
「真にカルチベートされた人間になれ!」の一説が印象的な、太宰治の小説「正義と微笑」を巻頭に据え、「カルチベイト=耕す、育む」ことについて、様々な執筆陣が考え綴った論考・エッセイを収録した一冊。
鎚起銅器職人・大橋保隆が発行人となり、新潟県燕市にあるコーヒーショップ『ツバメコーヒー』の店主・田中辰幸が編集を手がけている。聖書の言葉を引用しながら書かれた「正義と微笑」を現代における聖書に見立てた編集と造本もお見事!
【寄稿】
赤木明登 「もういちど能登を耕す」
阿部ふく子「観念の鍬」
荒木優太「遊牧民の歴史」
石川初 「私にとってのカルチベイト」
井上経久「カルチベイトについて」
岩浪陸 「カルチベイトされた自己とは」
内沼晋太郎 「本の循環」
宇野友恵 「アイドルという前提」
江口広哲 「外に身を置く」
エフスタイル「耕されたその先に」
江部拓弥「背中合わせのブルー」
遠藤麻理「肥沃な土壌にミミズはいます」
大倉宏 「耕すことと耕さないこと」
大竹啓五 「宿を耕す」
大橋保隆 「エゴイストが砂金をつかむとき」
小倉ヒラク 「文化を培養する」
小笹教恵 「いくつもの扉」
華雪 「ことばでかたちづくられる〈わたし〉」
金森穣 「皮膚、そして客体のカルチベート」
唐澤頼充 「社会を耕すということ」
川原伸晃 「耕すのは「正しい」のか?」
岸本達也「私のカルチベイト」
木村衣有子 「桃と女友達」
鞍田崇 『「取って読め」的な』
くろかわ美樹 「ほぐされた世界を見るために」
コイズミアヤ 「私を重ねる土地」
合田大智 「あなたがいて私がいる」
齋藤正行 「老成せざる愚かさこそ」
迫一成 「日常を楽しもう」
佐藤靖久 「オーソプラクシーの庭」
佐藤雄一「適当にこなしてきた」
左藤玲朗 「一度も耕したことがない」
塩原典子 「敬い、感謝し、礼をすること」
塩原悠一郎 「畑から海、そして自分へ」
白鳥みのり 「我が家」
菅井悟郎 「自分に還る」
菅野康晴 「たんぽぽの種」
菅原武男「酒場が好きな人だけが知っているいくつかのこと」
鈴木誉也 「文化耕作」
高木崇雄「勇気を支えるもの」
高橋徹 「父と馬小屋の彼とキン肉マン」
辻山良雄「真の〈金〉とは」
富井貴志 「三人の子供たちへ」
豊島淳子 「知らないを知る」
長友心平 「耕す人」
中村潤爾 「関係性をカルチベイトする」
長谷川祐輔 「予め定まらないもの」
早坂大輔 「子どもは人類の父である」
深海寛子 「土の中から」
藤本和剛 「本分への冒険」
藤本智士 「小林一三の再耕」
船久保栄彦 「スタートライン」
細貝太伊朗 「家鴨の雛」
堀部篤史 「本の詰まった段ボールよりも、もっともっと重いもの」
宮崎清也 「私がご説明いたします」
モリテツヤ 「耕起という情熱、不耕起という祈り」
矢部佳宏 「わたしにとってのカルチベート」
山倉あゆみ 「あの子は頭が悪いから」
横田文男「モンゴル草原とカルチベイト」
吉田翔 「耕す情」
綿野恵太「批評的なごみ掃除に向かって」
【新入荷】THE SCENE / 今井麗 Ulala Imai

THE SCENE / 今井麗 Ulala Imai
ご購入はこちら→ https://artlabo.ocnk.net/product/9834
日本人画家、今井麗の作品集。
2022年7月から9月まで、ニューヨークの「Karma Gallery」で開催された展覧会に伴い刊行された。同ギャラリーでの個展は作者にとって初となる。テキストはインディペンデント・キュレーターのダグラス・フォーグル(Douglas Fogle)、「ソロモン・R・グッゲンハイム美術館(Solomon R. Guggenheim Museum)」ギャラリー・ガイドのナム・ヒジ(Hiji Nam)が寄稿。
作者の内なる空想の構図の中に生息しているのはテディベアや、おもちゃ、フルーツである。このシリーズでは、ささやかな瞬間が鮮やかに、そして生き生きと描かれている。ナム・ヒジは、作者が「ピーナッツコミックス(Peanuts comics)」や「スターウォーズ(Star Wars)」などのポップカルチャーを引用し、繊細なスティル・ライフ的作品で「魔法のようなマニエリスムの童話的な世界」を生み出していると述べている。
花々の中には人形が添えられ、熟れすぎたバナナと金のテディベアが溢れんばかりの輝きをまとい、「スターウォーズ」のフィギュアがあぜ道を立ち阻み、月光が木の枝にかかり、鹿が森の前で立つ。その淡く繊細な絵画は、素早く迷いのないストロークによって、優美な現実を描き出している。作者はこの現実における被写体を記憶として留め、壮大なスケールをもって、鑑賞者を自身の世界観に引き込んでいく。
アーティストのディエゴ・ベラスケス(Diego Velázquez)とエドゥアール・マネ(Édouard Manet)からの影響が、描画における大きなジェスチャーと光の表現をもって作者のスタイルを確立させた。時に「Ophelia(Lucy)」(2022年)のように、特定の文脈を元に制作することもある。この作品では、作者が歴史深い絵画の伝統のもと、シェイクスピア(Shakespeare)による「ハムレット(Hamlet)」に登場するヒロイン、オフィーリアの悲劇の死を「ピーナッツ」のルーシーに重ねて描いている。この慎み深い振る舞いは、同じく「ピーナッツ」のルーシーとチャーリー・ブラウンが木の上に座り、いわゆる一般的な恋人同士のパートナーシップを体現している作品「Lovers」(2022年)で対をなしている。作者は至る所で自身が扱う対象の優しい一瞬を捉えるべく、それぞれの感情を掘り下げている。丁寧に、日常が非日常となる儚い瞬間の移り変わりへと鑑賞者を導くのである。そうして、人生における最も重要な出来事は前触れなく現れ、「何気ない細部にこそ、その真価は発揮される」という誰もが必要としていることを思い出させる。
―――
日々の生活の中で、時々心を掴まれるような印象的な場面に出会う。
放置されたおもちゃに当たる西日、通り過ぎて行く木々の隙間に見える澄んだ夜空、窓の外で風に揺れる庭。
それは決して特別な場所じゃないが、
様々な偶然の一致でバランスがはまった時に、ドラマチックな場面になる。
まるで入念に準備された映画の場面のように。
その一瞬は過ぎて、二度と戻らない。
私はそんなシーンを描きたい。
四季の繰り返しは、人々にほとんど変わらない風景を見せ、過ぎ去る日々に懐かしさを感じさせる。
私は懐かしさを彷彿とさせるモチーフを描く事が多い。
彼らは何世紀を経ても変わらない姿を私たちに見せてくれる。
私は、彼らに役者のような役割を与えて場面に登場させる事で、
観る人は絵の中の印象的なシーンに立ち会っている気持ちになると感じている。
-今井麗










