2024-04

松岡宏大『ひとりみんぱく』出版記念展

 

松岡宏大『ひとりみんぱく』出版記念展
2024年5月1日(水)~6月2日(日)

世界中を旅しながら暮らしてきたカメラマン、ライターの松岡宏大が、これまでに蒐集してきた世界の文物を旅の記憶とともに紹介した『ひとりみんぱく』(国書刊行会・刊)。本書の出版を記念して、ミニエキシビションを開催します。

―――
土器、漆器、仏像、仮面、絨毯、ぬいぐるみ……キッチュでどこか不思議な魅力をもつ工芸、民芸、雑貨、珍品迷品。
インドで、チベットで、ミャンマーで、リビアで、サハラ砂漠で、文物からは旅の記憶があふれだし、含蓄? 蘊蓄? 軽快なるエッセイを挟みつつおくる本書は、物の本か? 旅の本か?
―――

本展では、これまでに著者が蒐集してきた様々な「文物」を本とあわせて展示します。

―――

これらの文物を手のひらにのせ愛でてみる。重みや質感、細工、その歪みや温みを確かめる。太陽の光の下で陰が際立つものもあれば、暗闇の中でこそ光り輝くものもある。それは自分の手で触れてこそわかることで、自分の足で旅をしてこそ出会える風景と一緒だ。
僕はこれらを手に入れたときに出会った人たちの顔や祈りの景色を思い出すだろう。そこで吹いていた風や夜空を満たす星のことを思い出すだろう。
旅の記憶こそ僕にとっていちばんの財産なのだから。
(まえがきより)

―――

松岡宏大 (マツオカコウダイ)
写真家・編集者など。『地球の歩き方 インド』など、インドやアフリカを中心に辺境エリアのガイドブックの取材・編集に携わる。共著に『持ち帰りたいインド』(誠文堂新光社)、『タラブックス――インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる』(玄光社)などがある。またインドのTara Booksよりバッジュ・シャームとの共著『Origins of Art: The Gond Village of Pathangarh』を上梓。写真展として『アディワシ――大地と生きる人々』(bonon kyoto、KYOTO GRAPHIE KG +)、『TRIBES in BASTAR』(Rungta)を開催。KAILAS名義で著作やイベントもおこなう。
https://www.instagram.com/kailas_kodax33/

2024-04-13 | Posted in ExhibitionComments Closed 

 

【EMRC】2024年5月15日(水) 課題本:『〈寝た子〉なんているの? ー見えづらい部落差別と私の日常』上川 多実(里山社)

 

EAST MOUNTAIN READING CLUB vol.8
日時:2024年5月15日(水)19:30~21:30
参加費:500円(500円分のお買物券付)
定員:5名
課題本:『〈寝た子〉なんているの? ー見えづらい部落差別と私の日常』上川 多実(里山社)
参加条件:課題本を読み終えていること
ご予約:下記フォームよりお申し込みください。

ON READINGが主宰する読書会『EAST MOUNTAIN READING CLUB』
1冊の本を起点に、その本の内容について思ったこと、考えたこと、わからなかったことを語り合ったり、脱線して関係ないこと(でもきっと関係なくはない)をお喋りしたりする会です。気張らず、緩やかに、でも何か発見があったりして楽しい。そんな読書会を目指しています。

今回の課題本は、『〈寝た子〉なんているの? ー見えづらい部落差別と私の日常』。日常の中で見えづらい差別は当事者をどう惑わせ苦しめるのか。関西の被差別部落出身で解放運動をする両親のもと、東京の部落ではない町で生まれ育った著者が綴った、泣いて笑って、やがて日本社会の様々なマイクロアグレッションに気付かされる、まったく新しい痛快自伝エッセイ。

いつの間にか共感が理解のベースになってしまった世の中で、「差別」というものを自分に関係があるかないかではなく“みんなの問題”として取り戻すために、この本はとても大きな意味を持つと思います。


書誌情報:
『〈寝た子〉なんているの? ー見えづらい部落差別と私の日常』上川 多実(里山社)
本体価格:2,400円


 

    お名前 (必須)

    フリガナ (必須)

    メールアドレス (必須) 

    ※迷惑メール設定にご注意ください。お申し込み時に自動配信メールが届きます。(info@elvispress.jp)

    メールが届かない場合は必ずお電話にてご確認お願い致します。(052-789-0855)

    電話番号 (必須)

    人数 (必須)

    備考

    フォームを入力したら「確認」にチェックを入れて

    「送信」ボタンをクリックして下さい。

    確認

    尚、お客様都合でのキャンセルの際は、必ずご連絡ください。
    ※下記、キャンセル規約に基づき、キャンセル料が発生しますのでご了承ください。
    イベント当日より8日以上前のキャンセル…無料
    イベント当日より7日~前日のキャンセル…入場料の50%
    イベント当日/無断キャンセル…入場料の100%

    2024-04-15 | Posted in EventComments Closed 

     

    Takahiro Murahashi Exhibition “GRAND DOROTHY SCULPTURE”

    Takahiro Murahashi Exhibition"GRAND DOROTHY SCULPTURE"

    Takahiro Murahashi Exhibition “GRAND DOROTHY SCULPTURE”
    2024年5月18日(土)~6月2日(日)

    コラージュ、ブリコラージュの技法を行き来して作品発表を行なうアーティスト村橋貴博 (guse ars)による「DOROTHY」シリーズの展覧会を開催します。

    2020年、ON READINGの展示で始まったドロシーシリーズは、実在しない平面コラージュ中の人形が中心でした。各地で発表の回を重ねるごとに立体作品の割合が増えて、どのドロシー人形が存在し、どれが存在しないのか、より曖昧なものになってきました。

    今回のON READINGでの展示では、最初の展示とは平面と立体の数が逆転し、実在するドロシー人形がズラリと並びます。この機会にぜひ、像の存在を確かめにお立ち寄り下さい。

    村橋貴博

    Takahiro Murahashi / 村橋貴博
    Art / Design / illustration
    1979年生まれ。武蔵野美術大学卒業。コラージュを中心にした作品発表を続け、書籍や広告のイラストレーションやグラフィックデザインの仕事も行なう。2人組のアートプロジェクト guse ars (グセアルス)としても活動。
    作品集『DOROTHY』(ELVIS PRESS / 2020)
    https://www.instagram.com/guse_ars_mura/
    guse-ars.com

    2024-04-17 | Posted in ExhibitionComments Closed 

     

    【新入荷】『CULTIVATE BIBLE』 正義と微笑と60人のカルチベイト考

    『CULTIVATE BIBLE』 正義と微笑と60人のカルチベイト考
    ご購入はこちら→ https://artlabo.ocnk.net/product/9835

    「真にカルチベートされた人間になれ!」の一説が印象的な、太宰治の小説「正義と微笑」を巻頭に据え、「カルチベイト=耕す、育む」ことについて、様々な執筆陣が考え綴った論考・エッセイを収録した一冊。

    鎚起銅器職人・大橋保隆が発行人となり、新潟県燕市にあるコーヒーショップ『ツバメコーヒー』の店主・田中辰幸が編集を手がけている。聖書の言葉を引用しながら書かれた「正義と微笑」を現代における聖書に見立てた編集と造本もお見事!

    【寄稿】
    赤木明登 「もういちど能登を耕す」
    阿部ふく子「観念の鍬」
    荒木優太「遊牧民の歴史」
    石川初 「私にとってのカルチベイト」
    井上経久「カルチベイトについて」
    岩浪陸 「カルチベイトされた自己とは」
    内沼晋太郎 「本の循環」
    宇野友恵 「アイドルという前提」
    江口広哲 「外に身を置く」
    エフスタイル「耕されたその先に」
    江部拓弥「背中合わせのブルー」
    遠藤麻理「肥沃な土壌にミミズはいます」
    大倉宏 「耕すことと耕さないこと」
    大竹啓五 「宿を耕す」
    大橋保隆 「エゴイストが砂金をつかむとき」
    小倉ヒラク 「文化を培養する」
    小笹教恵 「いくつもの扉」
    華雪 「ことばでかたちづくられる〈わたし〉」
    金森穣 「皮膚、そして客体のカルチベート」
    唐澤頼充 「社会を耕すということ」
    川原伸晃 「耕すのは「正しい」のか?」
    岸本達也「私のカルチベイト」
    木村衣有子 「桃と女友達」
    鞍田崇 『「取って読め」的な』
    くろかわ美樹 「ほぐされた世界を見るために」
    コイズミアヤ 「私を重ねる土地」
    合田大智 「あなたがいて私がいる」
    齋藤正行 「老成せざる愚かさこそ」
    迫一成 「日常を楽しもう」
    佐藤靖久 「オーソプラクシーの庭」
    佐藤雄一「適当にこなしてきた」
    左藤玲朗 「一度も耕したことがない」
    塩原典子 「敬い、感謝し、礼をすること」
    塩原悠一郎 「畑から海、そして自分へ」
    白鳥みのり 「我が家」
    菅井悟郎 「自分に還る」
    菅野康晴 「たんぽぽの種」
    菅原武男「酒場が好きな人だけが知っているいくつかのこと」
    鈴木誉也 「文化耕作」
    高木崇雄「勇気を支えるもの」
    高橋徹 「父と馬小屋の彼とキン肉マン」
    辻山良雄「真の〈金〉とは」
    富井貴志 「三人の子供たちへ」
    豊島淳子 「知らないを知る」
    長友心平 「耕す人」
    中村潤爾 「関係性をカルチベイトする」
    長谷川祐輔 「予め定まらないもの」
    早坂大輔 「子どもは人類の父である」
    深海寛子 「土の中から」
    藤本和剛 「本分への冒険」
    藤本智士 「小林一三の再耕」
    船久保栄彦 「スタートライン」
    細貝太伊朗 「家鴨の雛」
    堀部篤史 「本の詰まった段ボールよりも、もっともっと重いもの」
    宮崎清也 「私がご説明いたします」
    モリテツヤ 「耕起という情熱、不耕起という祈り」
    矢部佳宏 「わたしにとってのカルチベート」
    山倉あゆみ 「あの子は頭が悪いから」
    横田文男「モンゴル草原とカルチベイト」
    吉田翔 「耕す情」
    綿野恵太「批評的なごみ掃除に向かって」

    2024-04-12 | Posted in NewsComments Closed 

     

    【新入荷】THE SCENE / 今井麗 Ulala Imai

    THE SCENE / 今井麗 Ulala Imai
    ご購入はこちら→ https://artlabo.ocnk.net/product/9834

     

    日本人画家、今井麗の作品集。

    2022年7月から9月まで、ニューヨークの「Karma Gallery」で開催された展覧会に伴い刊行された。同ギャラリーでの個展は作者にとって初となる。テキストはインディペンデント・キュレーターのダグラス・フォーグル(Douglas Fogle)、「ソロモン・R・グッゲンハイム美術館(Solomon R. Guggenheim Museum)」ギャラリー・ガイドのナム・ヒジ(Hiji Nam)が寄稿。

    作者の内なる空想の構図の中に生息しているのはテディベアや、おもちゃ、フルーツである。このシリーズでは、ささやかな瞬間が鮮やかに、そして生き生きと描かれている。ナム・ヒジは、作者が「ピーナッツコミックス(Peanuts comics)」や「スターウォーズ(Star Wars)」などのポップカルチャーを引用し、繊細なスティル・ライフ的作品で「魔法のようなマニエリスムの童話的な世界」を生み出していると述べている。

    花々の中には人形が添えられ、熟れすぎたバナナと金のテディベアが溢れんばかりの輝きをまとい、「スターウォーズ」のフィギュアがあぜ道を立ち阻み、月光が木の枝にかかり、鹿が森の前で立つ。その淡く繊細な絵画は、素早く迷いのないストロークによって、優美な現実を描き出している。作者はこの現実における被写体を記憶として留め、壮大なスケールをもって、鑑賞者を自身の世界観に引き込んでいく。

    アーティストのディエゴ・ベラスケス(Diego Velázquez)とエドゥアール・マネ(Édouard Manet)からの影響が、描画における大きなジェスチャーと光の表現をもって作者のスタイルを確立させた。時に「Ophelia(Lucy)」(2022年)のように、特定の文脈を元に制作することもある。この作品では、作者が歴史深い絵画の伝統のもと、シェイクスピア(Shakespeare)による「ハムレット(Hamlet)」に登場するヒロイン、オフィーリアの悲劇の死を「ピーナッツ」のルーシーに重ねて描いている。この慎み深い振る舞いは、同じく「ピーナッツ」のルーシーとチャーリー・ブラウンが木の上に座り、いわゆる一般的な恋人同士のパートナーシップを体現している作品「Lovers」(2022年)で対をなしている。作者は至る所で自身が扱う対象の優しい一瞬を捉えるべく、それぞれの感情を掘り下げている。丁寧に、日常が非日常となる儚い瞬間の移り変わりへと鑑賞者を導くのである。そうして、人生における最も重要な出来事は前触れなく現れ、「何気ない細部にこそ、その真価は発揮される」という誰もが必要としていることを思い出させる。

    ―――

    日々の生活の中で、時々心を掴まれるような印象的な場面に出会う。

    放置されたおもちゃに当たる西日、通り過ぎて行く木々の隙間に見える澄んだ夜空、窓の外で風に揺れる庭。

    それは決して特別な場所じゃないが、
    様々な偶然の一致でバランスがはまった時に、ドラマチックな場面になる。

    まるで入念に準備された映画の場面のように。

    その一瞬は過ぎて、二度と戻らない。

    私はそんなシーンを描きたい。

    四季の繰り返しは、人々にほとんど変わらない風景を見せ、過ぎ去る日々に懐かしさを感じさせる。

    私は懐かしさを彷彿とさせるモチーフを描く事が多い。

    彼らは何世紀を経ても変わらない姿を私たちに見せてくれる。

    私は、彼らに役者のような役割を与えて場面に登場させる事で、
    観る人は絵の中の印象的なシーンに立ち会っている気持ちになると感じている。

    -今井麗

    2024-04-10 | Posted in NewsComments Closed